LOGIN「ぜんっぜん上手くいってないじゃないのよぉ!」
一人になると、アイリスは盛大に悪態をついた。
「せっかく好みのイケメンがいっぱいいる『あな嫁』の世界に転生したのに!」
アイリスは転生者である。彼女には日本人だった前世の記憶があった。
前世もそこそこ可愛い容姿だったので、大学時代はオタサーに入って男子にちやほやされていた。だが、調子に乗って色目を使いまくって、男達に貢がせまくっていたのがいけなかった。痴情のもつれで刺し殺されてしまったのである。
まさに自業自得、因果応報、身から出た錆。
アイリスは知らないが、葬式では知人女性達からザマァと舌を出す者は多くいたが、涙を流す者は一人もいなかった。まったくもって一片の同情の余地なし。
ところが何の因果か、前世で遊んでいた乙女ゲーム『あなたのお嫁さんに
「ぜんっぜん上手くいってないじゃないのよぉ!」一人になると、アイリスは盛大に悪態をついた。「せっかく好みのイケメンがいっぱいいる『あな嫁』の世界に転生したのに!」アイリスは転生者である。彼女には日本人だった前世の記憶があった。前世もそこそこ可愛い容姿だったので、大学時代はオタサーに入って男子にちやほやされていた。だが、調子に乗って色目を使いまくって、男達に貢がせまくっていたのがいけなかった。痴情のもつれで刺し殺されてしまったのである。まさに自業自得、因果応報、身から出た錆。アイリスは知らないが、葬式では知人女性達からザマァと舌を出す者は多くいたが、涙を流す者は一人もいなかった。まったくもって一片の同情の余地なし。ところが何の因果か、前世で遊んでいた乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』とそっくりな世界に転生したのである。「前世はちょぉっと失敗しちゃったけどぉ……」アイリスはクルッと一回転すると、制服のスカートがふわりと飜る。「こ〜んな可愛いヒロインに転生できたんだからプラマイゼロよね」大きな瞳の可愛い容姿にスレンダーな身体。アイリスはヒロインと呼ぶに相応しい愛らしさだ。「神様が私を憐れんで再び与えてくれたこのチャンス、ぜぇったい物にするんだから」前世でやらかしてもなおめげないアイリスのド腐れ根性は呆れを通り越して感心すらする。「だけど問題はあの悪役令嬢どもよ」ヒロイン転生したと知ったアイリスは憧れの制服に身を包み、ウキウキ気分でマルトニア学園の門をくぐった。&nb
初夏の麦畑のような黄金色に揺れる髪。「アイリス……」少年の曇りなき夏空のように鮮やかな青い瞳が、優しく小柄な美しい少女を見つめた。すらりと細い体躯だが、少年には誰もがひれ伏す威厳がある。それもそのはず、彼はこの国の第一王子オーウェンなのだから。「君は俺が守る」しかし、少女へかけた声に威圧感はなく、むしろ慈しむようにとても甘い。微笑むオーウェンは手を伸ばした。その手が触れたのは、麗らかな春の陽射しを浴びたスリズィエの花びらのような薄桃色の髪。「オーウェン様……」少女は春の空の如き水色の瞳を潤ませ、オーウェンの胸にしなだれた。「でも、イーリヤ様をまた怒らせちゃったら私……」「大丈夫だ」オーウェンは愛しい恋人の腰に腕を回す。マルトニア学園三大美少女に数えられるスリズィエの色をした少女――アイリスの身体は細く、抱き締めれば簡単に折れるのではないかと思えるほど華奢だ。「何も心配はいらない」そんな頼りない身体も、愛らしい顔もオーウェンの庇護欲を誘う。「俺達がきっとアイリスを守るから」「でもでも、イーリヤ様は王妃様が決めたオーウェン様の婚約者だよ」「あんな奴!……母上は騙されているんだ」アイリスの憂いにオーウェンは顔をしかめた。「イーリヤの如き悪辣な女に王妃は務まらん」オーウェンの語気が荒く
「殿下はいったいどうしちまったんだ?」エーリックの私室を後にしたセルランは唖然として呟いた。「今日は堂々としすぎだし、何より冴えすぎじゃねぇか!?」いつもぽやっとしてた我が主はどこへ行った?「言葉を慎めセルラン」敬愛する主に対する同僚の失言に、ムッとしてスレインが咎めた。「エル様はもとより優秀なお方だ」「いや、殿下がそれなりにデキるのは俺も知ってるが……」「それに寛大で篤実も付け加えろ」この夢見がち主従が、とセルランは内心で毒づく。どうにもエーリックとスレインはぽやぽやしているとセルランは気が気じゃない。普通なら王位継承権第二位の座にいるエーリックはいつ謀略で潰されてもおかしくないのだ。(この国の王家の内情はあり得ないくらい清廉なんだよなぁ)エーリックもエレオノーラも王位に興味がなく、それを知っているオルメリアは彼らを擁護している。オーウェンにしても正義感が強く謀略など好まない。そんな王家の絶妙なパワーバランスがエーリックを生かしているとセルランは理解していた。(だっけど、富と権力を欲する貴族どもがどう動くか分かんねぇ)だが、セギュル夫人の例があるように、貴族達の思惑はそれぞれだ。シキン伯爵家が例外で、王家への忠誠より自分達の利権や保身を優先する者の方が多い。(だから、王妃殿下は俺をエーリック殿下につけたわけだけど)実は、セルランはオルメリアによって派遣されたエーリックの腹心兼護衛であった。もっとも、エーリック本人にも知らされていない事
「エル様、お帰りなさいませ」グロラッハの屋敷から帰宅したエーリックを迎えたのは燃えるような赤髪の少年であった。「ただいまスレイン」彼はエーリックの乳兄弟であり、今は腹心となっているスレイン・ウォードである。エーリックを愛称の『エル』と呼ぶのを許された唯一の腹心だ。「思ったより早かったじゃん」エーリックのもう一人の側近である黒髪の青年が、気怠そうな茶色の瞳をチラリとエーリックに向けた。主人相手にも粗雑な物言いをする彼の名はセルラン・セールズ。「殿下の事だから姫さんとこ行ったら、しばらく帰らねぇと思ってたんだがなぁ」ソファにだらしなく腰掛け、とても主人に対する態度ではない。が、エーリックもスレインも諦めて咎めはしない。エーリックがセルランの対面に腰を下すと、スレインが手際良くお茶を用意した。「それで、妖精の姫さんは何の御用だったんで?」エーリックが一口お茶を飲んでティーカップをソーサーに戻すのを待って、セルランが話を切り出した。「それなんだけど……」エーリックは信頼する腹心達にウェルシェがストーカーに狙われているのだと説明した。「なるほど、ウェルシェ様にそのような危機が」「すっげえベッピンさんだもんなぁ。そりゃ狙ってる男の一人や二人いるわなぁ」「だが、王妃殿下よりエル様の婚約には不可侵の下知が言い渡されているはずですが……」「ストーカー野郎なんて異常者だから常識は通用しねぇさ」「セルラン、少しは真面目に考えろ」「オレぁいたって
「くちゅん!」エーリックを茫然と見送っていたウェルシェは、小さな可愛いくしゃみをしてブルッと身体を震わせた。「どうぞ、お茶でもお召し上がって冷えた体を暖めてください」それを見透かしていたかのように、四阿のテーブルにカミラがタイミングよく熱いお茶を用意していた。「ありがとう」湯気の立つティーカップを両手で持つと、氷のように冷たくなったウェルシェの手に熱が伝わってくる。ウェルシェはふーふーと息を吹き掛けてから熱いお茶を一口すすった。熱が食道を通って冷えた身体の芯にじんわりと広がっていくのが分かる。「呆気に取られて危うく凍死するところだったわ」「まったく何をやっているんですか」「ちょっと油断しただけよ」呆れ声のカミラを睨んでウェルシェは口を尖らせた。「お嬢様もよくやりますよねぇ」カミラは空になったティーカップに新たなお茶を注ぐ。「ふふ、迫真の演技だったでしょ」二杯目のお茶に口を付けていたウェルシェは自慢げにカミラを見上げた。「青ざめた表情を作る為に魔術で循環血液の温度を下げるなんて……一歩間違えば死にますよ?」先ほどの怯えた様子はもちろん演技である。しかも、よりリアリティを持たせるため、体温まで下げる徹底ぶり。「フツーこんな事に命かけませんよね?」ウェルシェは炎熱魔術と氷結魔術を複合、応用し体温を自在にコントロールできるのだ。これには0.1度単位の緻密な温度管理が必須で、ウェルシェの繊細な魔力コントロールあっての魔術である。
「ウェルシェ!」すぐに来て欲しいとのウェルシェからの手紙に、エーリックは取る物も取りあえずグロラッハ家へと急行した。そこで彼の目に入ったのは最愛の婚約者の怯える姿。「ああ、エーリック様……私……とても怖いですわ」その美しい顔貌を恐怖に引きつらせ、ウェルシェは真っ青になってエーリックに訴えた。穢れなき雪の如き真っ白な肌から可哀想なほど血の気が引いている。「いったいどうしたの?」エーリックは慌てて今にも倒れそうな最愛の婚約者に駆け寄り、両手でウェルシェを支えるように肩を抱き留めた。(つ、冷たい!?)その瞬間、手に伝わってきた体温の低さにエーリックはびっくりした。ウェルシェの肩が氷のように冷えていたのだ。「うっ、うっ、私……ヒック……私……グスッ……どうしたら良いか……」しかも、ハラハラと涙を流し嗚咽を漏らしているではないか。「大丈夫、僕がついているよ。何があったんだい?」「そ、それが……ここ最近、誰かにつけ回されているみたいなんです」「なんだって!?」エーリックは目を大きく見開き驚いた。「僕らの婚約は王妃様からの後ろ盾もあるというのに!」オルメリアの裁定後、ウェルシェの周辺から不埒者の姿は消えて久しい。だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるもので、また不心得者が出たのかとエーリックは眉間
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。
「私ってそんな尻軽な女に見える?」四阿に戻ったウェルシェの愚痴にカミラは首を傾げた。「いきなりどうなさったのです?」「さっきエーリック様が仰っていたでしょ?」お茶を注ぎながらカミラは、ああと得心がいった。「お嬢様が他の男に心移りするかもってやつですか?」それよそれとウェルシェは不満そうに口を尖らせた。そういう幼い振る舞いは年相応に可愛いなとカミ
「エーリック様、いらっしゃいませ」「やあ、また来たよ、ウェルシェ」ウェルシェの予想は大当たり。「迷惑じゃなかった?」「そのようなことありませんわ」エーリックは儚げで、庇護欲を掻き立てるようなか弱い女性が好みだった。足繁く通う彼はウェルシェのかまととの完全な虜である。「エーリック様にお会いできて私はとても嬉しいですわ」「えへへへ、そ、そう?」ウェルシェの笑顔にエーリックがデレデレになる。手のひらでコロコロ転がされているとも知らずに。端で見ていたカミラはなんとも完璧な猫かぶりだと感心するやら呆れるやら。もともとウェルシェは幼少期より儚げな深窓の令嬢を演じて、海千山
「名残惜しいですが、そろそろ帰らねばなりません」「まあ、もうそんな時間なんですの?」「楽しい時間はあっという間ですね」エーリックが器用にウィンクすると、ウェルシェがパッと花が咲くように笑った。「また、あなたにお会いできる日を楽しみにしております」「私も楽しみにお待ちしておりますわ」潤んだ瞳でウェルシェから可愛く見上げられ、エーリックはすっかり舞い上がってしまった。(これって、ウェルシェも僕に恋しちゃってるんじゃない?)エーリックはカッコよく颯爽と帰るつもりだった。だが、顔は締まりがなく、足取りも地につかずふわふわして覚束ない。「あらあら、あんなにフラフラして大丈







